THE WORLD IS YOUR OYSTER

”the world is your oyster = 世界はあなたのもの”を実現したい大学院生のブログ

【妄想】食虫植物と虫の禁断の恋

出会い

虫は、はじめてその植物を目にしたとき、その姿に恐れおののいた。これが我々の仲間を無残に食い殺して生きているあの悪魔か…。

 

しかし、その虫が動けなくなったのは恐怖からではない。悪魔のような植物から発せられらる不思議な魔力…。虫は考えた。

(悪魔にしてはあまりに儚すぎないか?)

いや、確かにいでたちこそ堂々としていているが、その植物の周りに満ちているのは威圧などという安直なものではなかった。

 

悲しい悪魔

孤独。虫の脳裏にそんな言葉が浮かんだ。そうだ、孤独だ。植物はそこにひとりきりで生えているのに、訪ねてくる虫たちを食べてしまうのだ。

 

虫を食べて生きるしかない彼女には来訪者をもてなしている余裕はない。だから、食べる。逃げられないよう、すぐに。そしてその後やってくるのは親しい友だちでも家族でもない。圧倒的な孤独だ。

 

禁断の誘い

すると虫はまるでひきつけられているかのように植物のほうへ飛んでいった。頭の中ではもう1人の自分がしきりに「喰われるぞ」と警告を発していたが、妖しい力にとりつかれた虫は飛ぶ速さをゆるめなかった。

 

近くから植物を眺める。刺々しい形は一見おぞましく思えるが、所々に光る粘液や曲がりくねった体、そして細く伸びて半透明に輝く無数の突起は見れば見るほど官能的だ。虫は思わずその突起に手を触れた。

 

また会う約束

「何よ。」

虫は、植物のその見た目に似合わない掠れ声でふと我に返った。

「あなたのことが気になったので。」

口から勝手に言葉が出ているようだった。鼓動が早まり、頬が上気するのが分かる。

「はぁ?」

「あなたはここで、1人で暮らしている。虫を食べるものだから、遊びに来るような虫もいない。もしうっかり愚かな虫が迷い込んできても、あなたはその虫と友だちななる前に食べてしまう。」

「友だち?馬鹿じゃないの?だって私はそうやって生きるしかないんだから。あんたも所詮愚かな虫のひとりよ。」

 

虫は、植物の言葉の随所から痛々しいものを感じ、安易に植物の傷口に触れてしまった自分を恥じた。一歩後ずさると、脚に植物の突起が当たった。

 

「失礼。あなたは思ったよりも繊細だ。僕は…」

「だから何よ!さっさと行って!」

「すみません、焦りすぎましたね。また来ます。では。」

 

植物の機嫌を損ねてしまったことには狼狽したが、なんだ、意外と人情味のある反応をするではないかと、虫は、たじろぎながらも胸を躍らせてその場を去った。飛び去るときにまた1回、植物の突起が身体に触れた。

 

「もう来ないで!」

植物はそう吠えると同時にその口をガブリと閉じた。彼女の身体は一定時間内に突起に3回触れられると口が閉じるようにできていた。(※実在する食虫植物です)

 

余韻

また植物のまわりに誰もいなくなった。しかし今度は孤独ではなかった。

「なんなの…」

植物は今まで経験したことのないむずがゆい気持ちに苛立っていた。嫌でもあの虫のことを思い出してしまう。しかしそれはまんざら不快でもなかった。

 

再会

翌日、虫は目覚めと同時にまっすぐあの悲しい悪魔のもとへ飛んでいった。彼女をひとりにしてはいけない気がした。

 

「こんにちは。昨日は突然失礼しました。ご機嫌はいかが?」

植物は答えなかった。いや、答えることができなかった。この虫に対して、どんな言葉を返せばいいのか分からなかった。

 

「だんまりですか。具合でも悪い?」

虫が植物の顔色を伺おうと何歩か歩いた。

「離れて!!」

突然大声で怒鳴られて、虫は思わず飛びのいた。飛びのいた虫のほんの目の前で植物の悪魔のような大口が勢いよく閉じた。

 

悪魔の真実

「あなた、私の突起に触ったでしょ。3回触ると口が閉じるの。私の意志とは関係無くね。」

呆然と立ち尽くす虫に、植物がそう言った。

 

「虫たちって馬鹿だから、それに気づかないでウロウロ歩き回ってすぐ食べられちゃうの。そりゃあ食べたくないときもあるけど、そういう体だから仕方ないのよ。それなのに虫たちったら私のことを化け物か何かみたいに…」

「綺麗だよ。」

「え…」

「僕があなたに惹きつけられた理由が分かった。あなたは運命に振り回されて不可抗力的に孤独に追いやられている。それでも弱いところを見せじといつも凛と立っているんだ。だからあんなに堂々としていて、強くて、儚くて、魅力的で…」

「昨日会ったばかりなのに、私の何が分かるの?」

植物は歯がゆい気持ちに耐えられず抗議したが、その声は明らかに動揺していた。

 

悪魔の本性

虫は笑った。「出会ったばかりの虫を食べているあなたに何が分かる?」

植物は一瞬むっとしたが、冗談っぽく笑う虫の目をみたら反論する気がなくなってしまった。

 

「そうね…」

植物は、なんだか荷が下りたような気持ちで遠くを見ながらそう漏らした。

「初めて素直になったね。」虫がまた笑う。

「私ね、馬鹿な虫は嫌いなの。でもあなたはそうじゃないわ。だから対等に扱ってあげることにしたの。」

虫があまりにも嬉しそうに笑うので、植物は恥ずかしさをごまかすため、また自分に言い聞かせるためにわざとぶっきらぼうにそう言った。

 

「じゃあ、今日はもう帰るよ。また明日。」

虫は植物の強がる姿すらおかしかったが、これ以上植物を混乱させてしまうのは申し訳ない気がしたので一旦帰ることにした。

 

初めての気持ち

その夜、植物は初めて安心して眠った。こんな気持ちは初めてだったので、植物は初めて自分が今まで寂しかったことに気がついた。

 

翌朝目が覚めてからも虫のことばかり考えて過ごした。他の虫も何匹か来たが、まんまと植物のトラップに引っかかったのですぐ植物の体の中に消えた。植物は、あの虫のことを思って少し申し訳ない気持ちになった。

 

約束

間もなく虫がやってきた。植物は、自分が他の虫を食べているときに彼が来なくて良かったと思った。

 

「ごきげんよう。」

「ごきげんよう。」

「今日は怒らないんだね。」虫がまたからかうように言った。

「もう怒る理由は無いわ。でもそうね…怒ることといったら、あなた私を待たせすぎじゃない?」

はにかんだ顔で植物が答える。

「やっぱりあなたはすぐ怒る。」

2人は顔を見合わせて長いこと語り合った。お互いの生い立ちや、好きなこと、嫌いなこと、大事にしていること…。

 

そのうちとっぷり日が暮れた。2人とも満ち足りた気持ちで黙って並んでいた。その沈黙を最初に破ったのは植物のほうだった。

「ねぇ、今日も帰ってしまうの?」

虫はやや驚いた顔をして植物をみたが、やがてまたいつもの冗談めいた顔になった。

「さぁ。帰ってもいいけど、実は帰る場所なんて特に無いんだ。あいにく独り者なものでね。」

虫は笑顔のまま植物を見つめた。

「じゃあ…」

口ごもる植物。虫はその続きの想像はついていたが、意地悪をしてわざと答えない。植物は恥ずかしさからすっかり黙ってしまった。

 

今度は虫が沈黙を破った。

「一緒に暮らそう。今日からここが僕の家だ。」

植物の顔が輝く。「嬉しい…。」

そうして、植物の孤独の日々が終わった。

 

葛藤

「じゃあ、ちょっと出かけてくるね。」

虫は時々友人に会いに出かける。

「行ってらっしゃい。」

植物はいつも落ち着かない様子で見送る。

 

彼の姿が見えなくなった途端、別な虫が飛んできた。(食べたい…でも…)

今目の前にいる虫は彼とは違うが、姿形はそっくりなのだ。虫はどんどん植物に近づき、着地した。(ダメ…でも…)虫の足が植物の突起に触れる。1回、2回…そして3回目。(食べちゃう…!)植物の心の整理がつかないまま、虫は植物の体内に消えた。

姿は見えないが、まだ体の中でもがいているのが分かる。どうしようもない罪悪感。彼がこれをみたらどう思うだろうか…?そう思うと、胸が痛んだ。

 

(いいえ、しょうがないことだわ…)

このあたりの土地は痩せており、植物は虫を食べなければ生きていけない。

 

(でも…)

彼に嫌われたら私はまた孤独になる。愛される幸せを知った後の孤独は、孤独しか知らないときの孤独とは比べものにならないくらいつらいに決まっている。いや、それ以上にもう彼がいないことに耐えられない、と植物は思った。

 

すべては彼のため

いつものように彼を見送ると、また虫が飛んできた。植物はすかさず声を張り上げる。

「私に近づかないで!食べるわよ!」

虫はそれを聞いた途端一目散に逃げ出した。

 

植物は結局、彼と一緒にいるためなら命は厭わないことにしたのだ。

虫が近づくたびにそう警告するので、彼女に近づく虫もすっかり少なくなった。

 

その頃、虫も葛藤していた。

いつものように友人に会いに行くと、自分がよく知っている植物ーーあの愛してやまない植物ーーが話題に上ったのだ。

「あのあたりには恐ろしい食虫植物が生えているんだけど、自分から虫を追い払うらしいぜ。どうかしてるよな。まぁ、俺らからしたらありがたい話だが…」

 

虫ははっとした。自分のせいで彼女を追い詰めてしまった。友人の話を聞き終えないうちに、彼女のもとへ飛んで行った。

 

立ちはだかる壁

「友だちから聞いたぞ!何無理してるんだ!」

虫は息を切らして植物に言った。

「あなたに嫌われたくなくて…」

植物がか細い声で答える。

「あなたが生きていなければ意味がない!たとえ親友を喰われようと僕はあなたと一緒にいる。」

 

植物をまっすぐ見つめる虫。

「そんなの嫌…」

植物はもう泣きそうだ。

「あなたは大事な人を失う悲しさを知らないのよ。私は死ぬことよりもあなたがいなくなってしまうことのほうが怖いしつらいの。あなたにとって大事な人であるはずの親友を、私のせいで失ってもいいだなんて…」

そういうと植物は泣き崩れた。虫はかける言葉も見つけられないままただ植物の隣にいることしかできなかった。

 

2人の行き着いた先

それから数日が経った。植物はだいぶ弱っている。虫はそんな植物をみると心が苦しくて、愛おしくて、植物から離れることができなかった。2人は黙って寄り添っていたが、もう2人の答えは決まっていた。

 

さらに数日が経った。植物も虫も息絶え絶えだ。最後の力を振り絞って、虫が植物の体にのぼりはじめた。虫の存在を味わうかのように目を閉じ、全神経を虫の足取りに集中させる植物。

 

虫が久しぶりに口を開いた。

「じゃあ、いくよ。怖くないからね。僕らはずっと一緒だ。愛してるよ。」

植物も泣きそうになりながら答えた。

「えぇ、私も愛してるわ…」

そうして2人で声を合わせて数えた。

「1,2…」

それに合わせて植物の突起に触れる虫。そう、彼らは…

「3」

ガブリ

 

虫を飲み込んだ植物は一筋の涙を流すとぴんと背筋を伸ばした。その姿は今までで1番美しかった。

 

エピローグ

あれからどれくらい経った頃だろうか、虫たちはあの恐ろしい植物から解放されて毎日平和に暮らし、森はいつも賑わっていた。

 

植物が生えていた場所にも虫たちの活気あふれる声がかすかに聞こえてくる。

 

その場所に芽生えた冬虫夏草だけが、静かに2人の愛と苦悩を証明していた。