THE WORLD IS YOUR OYSTER

” the world is your oyster = 世界はあなたのもの”を実現したいアラサーのブログ

うつが「理解されない」ということ


どうも、ちむです。

 

ブログを再開した途端重いタイトル…大丈夫です、中身はどんよりしていない(はず)です。

 

昨年うつを発症して今は躁鬱と診断されているのですが、同じ思いでモヤモヤしている人の気持ちが少し楽になる可能性もあるかもと思い、うつを発症して感じたことを綴ってみます。

 

最後のほうに同じ気持ちの人がみたら少し楽になりそうなTwitterアカウントを紹介していますので、読むのが億劫な方はそちらだけでも。

 

意外とみんな優しかった、でも…

うつが「理解されない」ということは「うつは甘え」「薬をやめれば治る」などと言われることだと思っていました。

 

幸いなことにほぼそのようなことは言われず、皆「こうしたら無理なく働けるんじゃないか」「元気になれるんじゃないか」など、その人なりに考えて提案してくれました。会社の人も、うつでも働くことはできると信じて仕事を任せてくれました。


しかしそういうことがあるたびに「理解されていない」と感じてしまったのです。

 

「うつであること」を思い知らされる

たとえば任された仕事をこなせなかったとき、「体調が悪かったなら仕方がない」「無理しないで」と毎回言ってくれる。その都度、世間一般で言う「無理しない」のラインすら「うつではない人たち」とは程遠い、もっともっと低いところにあるのだと思い知らされるのです。

 

「どこか悪いんじゃない?」「うつなのもあるんだろうけど、根本的な原因をみつけなくちゃ」と、私が動けない「本当の原因(うつではない)」があるのではと心配してくれる人もいました。


「毎日湯船につかろう」「ちゃんと食べよう」―このようなアドバイスももらいましたが、実践することがどれほど難しいか。

 

「うつではない人たち」が提案してくれた「無理せず元気になるための方法」すら、私にとってはとてもハードルが高くて出来そうもないのに、それを伝えると困ったような顔をされてしまう。

 

理解しようとしてくれているのが分かるからこそ、それでも理解されないということに深い溝を感じてしまうのです。

 

理解者を求めてやったこと

もちろん当事者にしか分からないこともありますし、理解しようとしてくれていることがすでに充分ありがたいのは事実です。


それでも「うつではない人たち」がメインの世の中では疎外感を感じないで過ごすことのほうが難しいですし、よき理解者が欲しくなるのは自然なことだと思います。


私はそういうとき、Twitterでうつについて発信しているアカウントを眺めていました。


メンタルハッカーほっしーさん(@HossyMentalHack)

 

ほっしーメモ(@hossymemo)

 

錦山まるさん(@nishikiyamamaru)

 

まるるんずさん(@marurunzmemo)


ネガティブな病み垢を見てしまうと引っ張られて余計つらくなるのでおすすめしませんが、このあたりの方々ですと共感を示しつつも前向きな気持ちにさせてくれるので、私は少し気持ちが楽になりました。


…ということで今日はここまで。

 

どうか無理せず、少しでも穏やかな気持ちで過ごせますように。